東北大学学友会弓道部の歴史

 

この年表は原田 等さん(S54入部、S58卒部)に作成していただいたものを三津博之さんが編集いたしました。

 
明治19年 4月 初代文部大臣「中学校令」公布。高等中学校5校の設置が決定。
  12月 仙台に高等中学校設置が決定。
20年 4月 第二高等中学校発足。開校準備。
  9月 入学試験、授業開始。
26年 3月 尚志会発足(一種の校友会)
  5月 尚志会武藝部設置。 「規約第一条 武藝部に撃剣、柔道、弓術、ローンテニス、ベースボール、フットボール、スケーティング等を練習す。」 初代師範 旧仙台藩校養賢堂の剣術指南役「桜田桜麿」 剣術:北辰一刀流、弓術:雪荷派
27年   第二高等学校に改称。
28年   (6月10日) 武藝部から弓藝部独立(後、弓術部)雪荷派宇津井広道が師範となる。
36年   尚志会会歌「青葉山万古にしげく」制定
38年   第二高等学校校歌「天は東北」制定。校旗「蜂章(二本線)」
40年   東北帝国大学開学
    仙台医専との第一回対抗戦 10名12射 75−83で敗北
    仙台医専との第二回対抗戦 480−476 で勝利。(射数不明)
43年   体育教官として:阿波研造(31才)着任弓術師範の助教授「一射絶命」、姿勢(体配?)及び的中に重きを置いていた。一方で、「姿勢が正しければ当たらなくても良い」と、教えている。
44年   東京帝大秋期弓術大会 高階(たかはし)宗三郎優勝
大正 4年   弓道部に改称
5年   京都帝国大学主催、全国弓術大会で出場チーム最多の入賞者を出す。
9年   東北帝国大学 弓術師範として阿波研造着任(第二高等学校兼任)
12年   東北帝国大学主催、全国高専校弓道大会優勝八幡大菩薩旗獲得
    全国大会について 明治時代に設置された帝国大学は、東北、東京、京都、九州の4帝大。これらが、学生弓道大会を主催した。出場資格 東京:高等学校のみ。京都、東北:高専も含めた全国大会勝敗   東京、京都:的中数。東北:射形8点、的中2点(一手)
昭和 3年   東北帝国大学主催、全国大会優勝
昭和初期   弓道寮が存在した。弓道部を始め、各運動部は合宿所を持つ。
9年 5月 第二高等学校対東北帝国大学の同門校の対戦について各校七名、二手。的中数の記録はないが、56射すべての阿波研造の射評が残っている。的中にこだわらず射形を重視した教えが読みとれる。
  7月 東北帝国大学主催、全国大会優勝。(6年ぶり)
10年   弓道・柔道・剣道部の合同寮である武道寮開設。
14年 7月 東北帝国大学主催、全国大会優勝。(5年ぶり)
14年   阿波研造 退官
15年 7月 東北帝国大学主催、全国大会優勝(2連覇)
24年 5月 東北帝国大学・第二高等学校・高専・師範学校から新制東北大学発足
25年 3月 学制改革により廃校第二高等学校

訂正・加筆、戦後の弓道部復活についてご存知の方はm-ukai@lambda.phys.tohoku.ac.jpまでお知らせください。

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