物理的な動機・背景 (Physics Motivation)
通常のハドロンは、クォークが3つ集まった「バリオン(陽子や中性子など)」か、クォークと反クォークがペアになった「中間子」で構成されています。では、クォークが6つ集まった状態は存在するのでしょうか? 1977年、R. Jaffeはパウリの排他律とカラー磁気相互作用の観点から、きわめて対称性が高く強く束縛された6クォーク状態「Hダイバリオン(uuddss)」の存在を予言しました。特に、Hダイバリオンの探求は、ハドロンの質量や引力の起源となるクォーク間の相互作用である「色磁気相互作用(Color-magnetic interaction)」を深く理解する上で非常に重要です。 近年では、第一原理計算(格子QCD)を主導するHAL QCDコラボレーションにより、当初想定されていたΛΛ閾値付近ではなく、より質量の重いΞN(グサイ・核子)閾値付近に共鳴状態が存在する可能性が示唆されるなど、理論的にも新たな展開を見せています。 もしHダイバリオンが発見されれば、これまでのクォーク模型の常識を打ち破る「多クォーク状態(マルチクォーク)」の決定的な証拠となります。これは強い相互作用(QCD)が基本粒子をどのように結びつけるのかという、根本的な理解を深める極めて重要でエキサイティングな研究テーマです。
過去の実験(KEK E522)で得られたΛΛ不変質量スペクトル。ΛΛ生成の閾値付近に事象の増大(エンハンスメント)が見られ、Hダイバリオン共鳴や強い引力の存在を示唆しています。
Ref: C.J. Yoon et al., Phys. Rev. C 75, 022201 (2007)
実験の概要 (The Experiment)
本実験では、J-PARCの大強度K-ビームを用いた (K-, K+) 反応により、原子核標的から「ダブルΛ状態」や「Ξ-粒子」を生成します。大立体角・高分解能検出器「HypTPC」を用いて、生成された粒子の飛跡を3次元的に捉え、崩壊を精密に測定します。 E42実験のデータ取得は2021年に無事完了しました。現在、本命であるHダイバリオンの探索に関する詳細な解析が進行中ですが、それに先駆けて、1.8 GeV/c におけるΞ-およびΛΛの生成断面積に関する重要な測定結果が学術誌PTEPに出版されました(PTEP 2025, 091D01)。この結果は、核媒質中でのΞ粒子の崩壊幅の上限に制限を与えるなど、今後の解析に向けた大きなマイルストーンとなっています。