よしなしごと

September/11

2001年の出来事でした。

Berkeley の 北側にある町 Albany のアパートで朝起きて、いつものように IRC (Internet Relay Chat) で日本の友人達のいるチャンネルを見たところ「早くテレビを見て!」と言われました。 テレビをつけてみると、ニュースをやっているどのもマンハッタンの中継、そしてワールド・トレード・センターから煙が出ている。

事件が起きている東海岸と、住んでいる西海岸とでは3時間の時差があります。 そのため、起きてすぐはテロが起きた後の時間でした。

ラボからは、しばらく家に待機していろというメイルが来ていました。 夕方には、「ラボは、safe and secure なので、出勤していても大丈夫」に変わりましたが、その日は一日家にいました。

何が起きているのか、どうなったのかを知るためにテレビとウエブ上で情報を集めていた記憶があります。

LBLでのポスドクとして2年目からは Berkeley に引っ越し、実験やミーティングなど必要な時にBNLに行くという生活をしていました。 9月12日のSFO - JFK の便でBNLに行く予定でしたが当然行けるわけもなく、数日は西海岸にとどまったままでした。

飛行機の運航が再開されて飛べるようになったときには、空港に行くときに同僚の David Hadtke が車で一緒に行こうと言ってくれて、セキュリティで時間がかかることを見越してかなり早い時間にアパートを出て記憶があります。 いつもは、シャトルサービスを使っていたけど、シャトルも営業をやっていなかったんだと思います(記憶があいまい)。 Daveは、SFOの南の方に住んでいました。 車は近くに住む彼のお父さんの家に行き、そこでお父さんと運転手交代。 空港まで送ってもらいました。 空港ではチェックイン・カウンターもセキュリティ・ゲートも予想通りすごい列でした。

NYCに着いて、JFKからBNLへはレンタカーで行きました。 これまで、BNLゲートはラボIDを見せれば、ゲートで完全に止まらなくても入れてくれていました。 誰かが「この間間違えてSafeway(全米にあるスーパーマーケット)のカードを間違えて見せたけど、ゲートでは何も言われなかった」というほど、入るのに厳しくない場所でしたが、この日は全く違っていました。

ゲートの詰め所の建物の上には機関銃が設置され人が立っている。 ゲートでは当然止められて、ラボIDや運転免許書を見せて人の確認をした後、トランクもあけて中も確認するという、これまでにはなかった警戒態勢でした。 後で、誰かに聞いた話では、BNLには中性子線源として使われていた原子炉があるのでそこが襲われないように警戒レベルがDOEラボの中でも高くなってる、とのことでした。


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Last-modified: 2020-07-02 (木) 09:38:01 (34d)