大学院・研究者を目指す人へ

就職と研究分野

大昔だと、大学院博士課程前期(いわゆる修士)に進む = 大学に研究者として残る、だったでしょう。 私が学部生の頃(十数年前)は、大学院生はそうは考えていないのに大学院生が就職活動で企業に行くと「何で大学に残らないので就職しようとするの」と企業側は大学院に行ったら企業には就職しないんだと考えているような風潮がありました。

しかし、今では修士号を所得後企業に就職をするのは普通のことになっています。 また、博士課程後期に進学し博士号を所得した人が企業に就職するのが当たり前になるような時期になりつつあると思います。 もっとも、「高学歴ワーキングプア」(水月 昭道 (著) )に書かれているような博士課程に進学したがその後企業への就職も大学・研究機関に職を得ることを難しいという現実があることは否定できません。 そのため、早い内に就職した方がいいのではないか、あるいは企業がやっていることに近いことをやっている方がいいのでは無いかと思う学生さんがいます。

東北大学理学部物理学科では、学部生に対して履修時面談というのを行っています。 半年に一回単位履修時に、学生が教員と話す機会を義務的に作るというものです。 学生は指定された教員の所に行き、必修単位を落としていないかどうか落としていたらどうしたらいいかを相談すると共に、いろいろなことを教員に聞けるという機会になっています。 教員の側も(少なくとも自分は)、4年生の研究室配属時にどの研究室に行きたいか(理論か実験か、素粒子・原子核か物性か)ということや進学か就職かということを聞いたりします。 このとき気づいたのが、企業に近いことをやっている方が就職に有利と思っている学生がいる、ということでした。

最近根拠の無い噂が学生に広まって不安を煽っているようなので、その不安を取り除く為「理学博士のキャリアパスシンポジウム」や「産学連携フォーラム」という企画が物理教室で開催されています。 これらで講演をされた企業の方々の話を聞く限り、少なくとも修士・学部卒のレベルでは大学で何をやっていたかを企業の側では気にしていません。 またこれも聞いた話ですが、博士号を所得後就職する場合も「大学でやってたことと同じことをしたい」と常識外れなことを言ったり、「人と一緒に仕事が出来ない」ような人以外は基本的に門前払いはしません。 博士号を所得後に就職しようとする場合、基本的に中途採用扱いになるのでその人ごとの個別のケースになり、一概に博士だからだめということはないそうです。 博士号を取るにあたり、いろいろな人とコミュニケーションにして自分で調べて研究を進めているはずですし、後輩の相談にのって指導することもあるでしょう。 そのような「研究をする能力」は「仕事をする能力」と変わりません。

大学でやったことが、企業でやっていることに近いかどうかを議論するのは、そもそもおかしな話なのです。 企業で行う研究(あるいは開発)は大学のように単なる知的好奇心に基づいてやっているのではなく営利目的であるという大前提からして、大学でやって来たことと企業でやることが完全に一致するはずがないのです。 もちろん近いことをやっていた方が最初は有利かもしれません。 しかし社会活動を行っていく上で重要なのは、どこかで学んだり知っていることを利用するのではなく、分からないことをあらゆる方向から見つめて新たに道を開くことではないでしょうか。 そのためには、やったことがないことを行う力や俯瞰的な視野を持つことが重要になります。 また、必要なのは基礎的な知識を組み合わせ複雑なことを解決する能力ということになります。

大学院でも、指導教員に「これをやれ」と言われ盲目的に従ってデータをとってるだけではだめです。 まずやってみてその手法が正しいかどうか、別の方法でやることが出来るかどうか、自分で論理的に考えて実行することが必要になります。

「物理の学生は潰しが利く」とよく言われます。 これは、物理の研究が「分からないことを論理的に考えていろいろやって研究していく」ということでしょう。 素粒子・原子核理論の研究室で修士・博士を取った後に金融の分野に就職している人もいますし、素粒子・原子核実験の研究室から電気・電子あるいは生命保険の会社に就職している人は毎年のようにいます。 企業のやっていることに近いと思われる物性分野の研究室にいた方が就職に有利なんてことはありません。

ただ「なるべく世間に出たくないからいつまでも大学にいたいから」というモラトリアムで大学院に進学するのはやめた方がいいです。 まだ、博士課程前期(修士)なら新卒扱いで採用してくれる企業もあるでしょうが、自分で研究することが出来ないのに博士課程後期に進み、なんとなく過ごしているような人を採用したいと思う企業はないと思います。

日本の企業は、即戦力をあまり求めることはなく企業内教育をした上でその企業内でどこに配属させようか考えているようです。 要は、大学での教育をあまり信用していないことの裏返しかとも思いますが、採用した後でどうにか教育することが出来ると考えてもらえるのは若いうちだけでしょう。 新卒で採用した学生と同じだけ年月を経た人は、企業内にいた人と同様の能力が求められると想像するには堅くないはずです。 しかし、それはその企業でやっている仕事の内容を詳しく知っているかどうかではなく、上で述べた「仕事をする能力」があるかないかだと思います。

ということで、素粒子・原子核の実験の研究室に来ても就職で不利になるということはありません。 研究をするために、実験装置を設計・制作することがあるので、物作りをします。 パソコンを使って設計を行うのでCADを使うこともありますし、データ解析を行うには自分でプログラムを書くので、C/C++ を使います。 実験を行うことはいろいろな人と一緒に研究を行うということですので、コミュニケーション能力が必要になります。 研究室ミーティングや、実験グループミーティングではパワーポイント等を用いて発表するので、発表していく内にプレゼンテーション能力(自分が思っていること考えていることをいかに人にわかりやすく伝えるか)が養われるでしょう。

さて、ここまで読んで「いいことばかり言っているようなので、だまされないぞ」と思った方。 是非、研究室を訪れて大学院生に話を聞いてみてください。


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Last-modified: 2009-05-20 (水) 11:03:53 (3750d)