ストレンジネス核物理グループ研究紹介

皆さんは、「原子核は何から出来ているか?」と聞かれたら、「陽子と中性子から出来ている」と答えると思います。 しかしこれは古い物質観です。陽子、中性子に加えて、「ハイペロン(超重粒子)」と呼ばれる別の種類の粒子を含んだ 原子核も存在します。

ハイパー原子核は地球の周囲には存在しないのですが、人工的にのみ作られる原子核というわけではありません。 「ハイペロン」には、ラムダ粒子、シグマ粒子などのいくつかの種類があり、どれが原子核に入るかで別のハイパー原子核ができます。 通常の原子核は陽子と中性子 - 例えば炭素12原子核(12C)では、陽子6個と中性子6個 - から構成されています。 それに対して、例えば、炭素12ラムダハイパー原子核(12ΛC)は、陽子6個と中性子5個、それにラムダ(Λ)粒子1個から成り立っています。

それでは、小さな世界の極限から順番に追っていき、我々の研究を紹介しましょう。

物質は何からできているのか?

http://lambda.phys.tohoku.ac.jp/img/atom.png

太古の昔から人類は物質が何から出来ているのか探求してきました。その歴史は古く、古代ギリシャ時代から始まります。 英語のアトム(=原子)はギリシャ語の「これ以上分解できない物」という言葉から来ています。

19世紀後半から始まる科学の研究とその発展によって、物質は原子からなることを我々は知りました。 そして現在では、左図に見られるように、フェムトメートル(10-15m)の極微小世界(ナノメートルの100万分の1)においても、物質はさらに細かな構造を持つことが実験的に確かめられています。 現在の知見では、原子の中にある原子核は陽子と中性子(まとめて核子と呼びます)からなり、さらに核子は二種類のクォーク、upとdownから構成されていることが示されています。

素粒子クォークの種類と性質

物質を構成する最小単位=素粒子は何だろうか? この答えを追い求めるうちにいろいろな粒子が見つかりました。 電子の仲間のミュー粒子やニュートリノは「レプトン」という分類がされています。 湯川秀樹博士が予言した中間子(メソン)の仲間は、核子の仲間(バリオン)と共に、「ハドロン」という種類の粒子に分類されました。 そして、そのハドロンが沢山見つかり始めました。 その中で、それまで知られていたハドロンとは異なった奇妙な振る舞いをする粒子が見つかり、「ストレンジネス(奇妙さ)」を持った粒子と名付けられました。 その後もハドロンの数はどんどん増えていきました。

ここで「基本粒子がそんなに多いのはおかしいのではないか」という疑問が浮かびます。実験的・理論的研究により、ハドロンはさらに小さな粒子から出来ていることがわかりました。この粒子は「クォーク」と名付けられており、クォークこそが真の素粒子です。また、通常のハドロンは up, down という種類のクォークからできていますが、ストレンジネスを持つハドロンには別の種類のクォークが入っていることがわかりました。このクォークには strange という名前が与えられています。

三種類のクォーク(up, down, strange)しか知られていなかった 1973年に、クォークは六種類あると予言したのが小林・益川理論です。その後 1974年に charmが、1977年に bottomが、1995年に topが発見されました。右上の表にクォークの種類と性質をまとめてあります。自然界で通常観測出来る電荷は電子の電荷(電気素量 e)の整数倍となっていますが、クォークはその 2/3倍または -1/3倍という不思議な電荷を持っています。また、クォークの質量はとても小さな up, down から、とても重い topまで大きく異なりますが、この質量は最近発見されたヒッグス粒子によって生まれています(ヒッグス粒子を予言した理論家は2013年にノーベル物理学賞を受賞しています)。

我々の物質世界を形作っている核子などのハドロンは、クォークが固く結びついてできています。ただ、クォークをハドロンから単体で取り出そうとすると、非常に強い力で引き戻され、取り出せません。さらにより高いエネルギーで取りだそうとするとクォークと反クォークが対生成されて、やはり単独では取り出せません。

また、核子などのハドロンは、その中にいる up, down クォーク自身の持つ質量の合計よりも 100倍近く大きな質量を持っています。この謎は、南部陽一郎博士が理論的に解明しました(2008年のノーベル物理学賞)。クォークに働く力の性質によって真空がクォーク・反クォーク対にびっしりと埋め尽くされた状態に変化し、これにクォークが絡まれることで質量が大きくなってみえる、と説明されています。ヒッグス粒子の作った素粒子の質量は現実世界の質量の 1%程度に過ぎず、残りはクォークに働く力の性質が作り出していたのです。

クォークからハドロン、原子核ができる不思議


核力のイメージ。 核子同士は遠距離では引力だが、近距離で強く反発する。

u, d, s クォークから作られる8種類のバリオン(核子の仲間)。sクォークを含むものがハイペロンである。

南部博士ら多くの理論家の努力により、ついにクォークに働く力(強い相互作用)の基本理論である量子色力学 (Quantum Chromo-Dynamics, QCD)が完成しました。非常に高いエネルギーでの現象はQCDでうまく計算でき、実験結果と良く合います。そのためQCDは信頼されています。しかし、クォークが閉じ込められたハドロンや、ハドロンが集まって出来ている原子核といった我々になじみのある粒子についての現象を、第一原理であるQCDから計算するのは困難です。そのため、なぜクォークがあつまって様々なハドロンができるのか、なぜそのハドロンが集まって原子核が出来るのか、といった物質世界を理解する出発点がいまだに分からないのです。

ハドロン間の相互作用、特に核子同士をくっつけて原子核を作る「核力」は、原子核を安定に保ち、そして宇宙の元素の存在比を支配するとても大切な力ですが、その性質は複雑です。核力はQCDに基づいてクォーク間の力の組み合わせで説明できるはずですが、どう理解したら良いのかわかっていません。そこで、up (s), down (d) クォークだけからなる核子間の力を調べるだけではなく strange (s) クォークを含んだハドロンを作り、その間の力がどう違っているかをしらべることで、クォークから核力などのハドロン間の力を理解する手がかりが得られると期待されています。

核子の仲間(バリオン)の中で、s クォークを含むもの、すなわちストレンジネスを持つ物をハイペロンといい、右図の様にΛ粒子、Σ粒子、Ξ粒子と名付けられています。これらを原子核にいれたものをハイパー核と呼びます。ハイパー核を実験でつくってその性質を調べるとハイペロンと核子との間の力が分かります。

また、ハイペロンは実験室では、数100ピコ秒で崩壊してしまいますが、重力で高密度になっている中性子星の中心部ではハイペロンが安定に存在すると理論計算に基づき考えられています。ハイパー核の研究は、中性子星の中身の破片を実験室でつくって調べていることに相当します。ハイペロンなどの sクォークをもつハドロンが作られる過程を調べることで、ハドロン間の相互作用やハドロンの構造をクォークから理解する道が開けます。我々の研究室ではこれらの最先端の実験的研究を行っています。

中性子星のかけら「ハイパー核」を実験室でつくる

ハイペロンを含む原子核、ハイパー核には右図のような種類があり、大型加速器を使ってこれらを人工的に作りその性質を調べることが出来ます。 加速器のビームを標的中の原子核に当てると、ある小さな確率で原子核中の核子がΛ粒子などのハイペロンに変化し、標的の原子核がハイパー核に変わります。 ハイパー核が出来たときに放出される粒子の種類やエネルギーを正確に測定すると、ハイパー核の種類・質量・性質などがわかります。

最先端の研究をするためには特殊な加速器ビームが必要なので、目的に適したビームを使うために国内だけではなく国外の加速器施設も利用します。 また、検出器が実験の要となりますが、世界で誰も出したことのないデータを出すには既存の検出器を使っていたのではダメです。 我々は新しい検出器を開発し、実験方法を開拓して、世界中の他の研究者ではできない実験を行っています。

大学院生による新型検出器の調整
 

加速器からのビームを使った開発中の検出器テスト実験。
大学院生と助教達の集合写真

検出器開発や実験方法の開拓では、博士課程前期(修士課程)の院生ばかりではなく、学部四年生も活躍しています。 データを解析して論文にまとめ、国際会議で発表するのも大学院生です。 若者の情熱によって最先端の実験が進められています。得られた実権データの物理的な意味を理解するとともに、次の実験方針を決めるため、世界各国の理論家と検討会を開くことも大切です。

右の写真は、プラハで行った理論家や他の実験家との検討会の様子です。